ファミリー!

家族が苦手。どうしても苦手。

わたしは海外に行ったこともなければ、友達の家に泊まったこともないので、自分の家のことしか知らない。海外では、とか、よその家では、とかは言えない。でも、わたしの家は一般よりも少しおかしい、ような、気がする。

家族だからってなんでも許せるわけじゃない。たかが血の繋がり程度で今後の人生を棒に振ってまで、相手の人生を救おうとは思えない。家族だから。親だから。子どもだから。そんなことを免罪符にして生活を見張られてちゃプライバシーも何もあったもんじゃない。育ててもらった恩は感じるけど、産んで育てると決めたのは親で、子どもは産まれてきたくて産まれてきたんじゃないし、産まれてきた以上死なない限りは命があるから生きているだけであって、好き好んで生きているわけじゃない。じゃあ死ねばと思うかもしれないが痛み苦しんでまで死にたいほどの絶望を抱えてはいないので悪しからず。恩っちゃ恩だし、仇っちゃ仇。もちろんわたしだって、育ててもらった恩を返そうとか、産まれてきてからずっと見守ってくれてありがとうとか、思わないわけじゃないけど、親がふざけたことを抜かすたびにそんな思いは霧散する。なんとな〜く、「なんで子ども産んだんだろ、この人」と思う。子ども、嫌いそうだし。

最近の母親美談がどうとかよくあるけど、それと近いかな。ちっぽけな卵子精子がくっついたくらいで、その美談たる母親にはならないし、なれない。腹が大きくなったって、陣痛で死ぬほど痛くたって、なれない人はいつまでたっても母親になれないのだ。まわりのひとが「母親だから」と夜も満足に眠らない面倒くさい命を押しつけた相手が、「母親」でなければ崩壊する。子どもと一緒に。そこに「子どもだけは助けなきゃ」という気持ちは微塵もない。だって母親じゃないから。ひとりの人間だから。強くないし、特別弱くもないけど、人間ってひとりで死ぬのは多分嫌。こうして長い時間をかけた無理心中が始まるわけです。ひとりで死ぬのは嫌だけど、これはわたしが産んだから、ひとりで残すのはかわいそう。わたしがひとりで残されるのはかわいそうだから、わたしが産んだ命を置いとこう。そんな勝手な思いで巻き込まれた子どもは人生を死んだように過ごすことになって、チョー悲惨。

よくある話。そうだね、よくある話だと思う。そりゃそうだよ、人が死ぬ話だってよくあることだよ、毎日誰かしらどっかで死んでるんだから。わたしだけがかわいそうでとかそんなこと絶対にないけど、でも、やっぱほんのちょっとかわいそうじゃない?

お腹すいたからごはんのことだけ考えて生きてたい。愛するひとりのこと考えて生きてたい。そのひとにつくるごはんのこと考えてたい。親にならないで人間として愛して愛されて死ねたらいいです。それ以上は何もいらないぼくからのおはなしでした。ちゃんちゃん。